◆お役立ち情報◆米国不動産投資にかかる税務豆知識~初級編~
皆様こんにちは。このシリーズでは、米国不動産(賃貸物件)に投資する日本の皆様の税務について解説します。順を追って、個人投資家、法人投資家のケースと説明していきます。前回の第3回では、日本の居住者である個人投資家が日本で確定申告するときの建物減価償却費の計算方法について説明しましたが、今回の第4回でも引き続き個人投資家のケースについて、減価償却のもととなる「米国不動産購入時の取得価額の土地と建物の分け方」と「それによって生ずる税効果」を説明します。
米国の不動産は、日本と異なり、土地(更地)単独よりも建物土地一体の価値として取引されることが多く、不動産売買契約書には譲渡価格の内訳(土地、建物それぞれの価格)が記載されていないことが普通です。米国不動産を現地で賃貸した場合、日本での所得税確定申告とは別に、米国でも所得税申告書(非居住者の場合、Form 1040NR)を提出する必要がありますが、米国税務では実務慣行として、不動産の取得価額の80%を建物、20%を土地として、減価償却費を計算することが多いです。
日本でも、従前は、米国所得税申告書で区分計算された建物の取得原価(=不動産の取得価額✕80%)を減価償却の基礎として、不動産所得の申告を行うことが多かったのですが、前回第3回でご説明した簡易な見積耐用年数4年と合わせて多額の減価償却費を計上することにより、不動産所得で赤字(損失)を発生させて、他の総合課税所得と損益通算し節税を図る事例が増えたため、会計検査院が問題視したことをきっかけとして、後述の通り、令和3年(2021年)以降は他の総合課税所得(例えば給与所得)と損益通算に一定の制限を設けるようになりました。具体的には、賃貸期間中は計上した減価償却費による損益通算で節税効果がありましたが、償却した分だけ建物の帳簿価額は減少していきますので、売却時の譲渡原価が減少し、売却益(譲渡所得)として遅れて課税される「課税の繰り延べ効果」がありました。
また、不動産の売却益(譲渡所得)に対しては、総合課税の累進税率よりも、一般的には低い分離課税税率で課税されますので、その税率差による節税効果も生じていました。(売り主の総合課税所得が少なくて、実効税率が下記の税率よりも低い場合には、節税効果が生じないケースもあります。)ここで、不動産を売却により発生した譲渡所得に適用される税率は次の通りです。
不動産(土地、建物)の売却による譲渡所得に適用される一般的な税率は次のとおりです。(ただし、10年以上保有した居住用財産(自宅)の売却など一定の例外を除きます。)
◆長期譲渡所得(取得日から、売却日の属する年の1月1日までの期間が、5年超)31.5%(=所得税15%+復興特別所得税0.315%(=15%×2.1/100)+住民税5%)
◆短期譲渡所得(取得日から、売却日の属する年の1月1日までの期間が、5年以下)63%(=所得税30%+復興特別所得税0.63%(=30%×2.1/100)+住民税9%)
上記でお分かりの通り、5年超保有の長期譲渡所得は、5年以下の短期譲渡所得の約半分の税率になりますので、長期譲渡になる保有期間を満たして売却するべきということになります。
現在は、このような節税効果を防止するため、
◆令和3年(2021年)以降、国外の中古不動産の賃貸収入による不動産所得があり、その年分の不動産所得が損失(赤字)の場合、その損失のうち、「簡便法」による見積耐用年数による国外中古建物の減価償却費に相当する損失(赤字)部分の金額については、その年の不動産所得(損失)の計算から除外することになり、その損失の金額については、他の所得との損益通算はできなくなっています。ただし、法定耐用年数を適用、あるいは実際の使用可能期間を適切に見積もった(ただし見積の根拠が必要)耐用年数の適用により計算した減価償却費で生じた損失は、従前どおり、他の所得との損益通算が認められます。また、毎年損益通算が認められなかった減価償却費金額は、売却時には売却原価として認められることになります。
◆近年、日本の税務調査では、米国での税務計算に基づく、建物の取得価額=不動産取得価額✕80%をそのまま認めず、現地の固定資産税評価額による土地建物按分計算等を要求されることが多くなってきています。固定資産税評価額は、不動産所在地の郡役所(County Office)で評価され、公表されていますが、評価の更新が長年行われておらず、現在の取引時価と乖離しているものも存在します。そのような場合には、近隣の取引事例の価格を参考にして土地と建物の取得価額を推定する方法も、計算根拠に客観性、合理性があれば認められることがあります。なお、米国の不動産鑑定士(appraiser)は、一般的には、土地と建物一体としての不動産の時価を評価しますので、土地と建物の区分評価を依頼することは難しいと思われます。次回は法人投資家のケースについてご説明させていただきます。
著者 アクタス税理士法人 公認会計士・税理士 千葉哲範
日本公認会計士協会・租税調査会・国際租税専門委員会委員、日本税理士会連合会理事、東京税理士会常務理事、インテグラ・インターナショナル理事を現在、務める。企業法学修士(筑波大学)、米国税務修士号(Walsh College)を所持。これまで国内系および外資系企業への税務サービス、ベンチャー・キャピタルへのアドバイス、ベンチャー企業への株式公開コンサルティングなどに従事。クライアントに対して痒いところに手が届くサービスを提供することが信条。また、事務所運営では優秀なプロフェッショナルを育てる職場づくり、魅力ある組織づくりを絶えず追求している。